大阪地方裁判所 平成4年(ワ)3435号 判決 1993年8月30日
原告
新井愛子
右訴訟代理人弁護士
松丸正
同
西晃
同
村田浩治
被告
住友生命保険相互会社
右代表者代表取締役
上山保彦
右訴訟代理人弁護士
川木一正
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年八月一日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被保険者が日射病で死亡したので、保険金受取人(原告)が保険会社(被告)に対し、災害割増特約及び傷害特約に基づく保険金を請求している事案であり、被保険者の死亡が右特約にいう「不慮の事故」に該当するか否かの保険約款の解釈が争点である。
一争いのない事実(証拠上、容易に認定できる事実を含む。)
1 被告は、生命保険を業とする相互会社である。
2 原告は、昭和五二年一〇日一日、被告との間で、次の内容を含む保険契約を締結した(以下「本件主契約」という。)。
ア 保険の種類 定期付養老保険(しあわせの保険)
イ 被保険者 山内勝雄
ウ 保険金受取人 新井愛子(原告)
エ 保険金額
① 主契約 一〇〇〇万円
② 災害割増特約 五〇〇万円
③ 傷害特約 五〇〇万円
3 本件主契約については、いわゆる普通保険約款が適用され、災害割増特約及び傷害特約は、いずれも本件主契約に付加された特約としての性質を有するものである。
ところで、災害割増特約条項第四条一項一号及び傷害特約条項第六条一項一号は、いずれも「被保険者がこの特約の責任開始以後(中略)に発生した主契約の普通保険約款の別表3の不慮の事故を直接の原因として、その事故の日から起算して一八〇日以内に死亡した時」においては、災害割増特約及び傷害特約(以下「本件各特約」という。)に基づく保険金を支払う旨が記載されている。
ここにいう「不慮の事故」とは、偶発的な外来の事故(但し、疾病又は体質的な要因を有する者が軽微な外因により発症し又はその症状が増悪したときは、その軽微な外因は偶発的な外来の事故とみなされない。)で、かつ、昭和四二年一二月二八日行政管理庁告示第一五二号に定められた分類項目に該当するものとし、分類項目の内容については、「厚生大臣官房統計調査部編、疾病、傷害及び死因統計分類提要、昭和四三年版」によるものとされている。そして、その分類項目12には、「自然及び環境要因」による不慮の事故と記載されている。しかし、これについては、「過度の高温」が本件主契約の対象となる「不慮の事故」から除外されている。(<書証番号略>)
4 被保険者山内勝雄(以下「山内」という。)は、平成三年七月三一日午後三時二七分ころ、京都市上京区新町通中立売下ル仕丁町三二八番地京都ブライトンホテル作業所(以下「本件作業所」という。)において、コンクリート打設作業に従事中、日射病を原因とする急性心不全により死亡した。
5 京都上労働基準監督署は、山内の死亡について労災認定をした。
二争点
1 「過度の高温」の趣旨(原告が主張するように、人為的要因の介入しない単なる気象条件による「過度の高温」のみに限定すべきか。なお、「不慮の事故」の対象外として、変更前の保険約款は、「過度の高温」とのみしていたが、変更後の保険約款は、「過度の高温中の気象条件によるもの」としている。)。
2 契約後に変更された保険約款は、変更前の契約に遡及的に適用されるか。
3 山内の死亡は、「不慮の事故」の対象外となる「過度の高温」に起因するものか、それとも「自然及び環境要因」による「不慮の事故」によるものか(後者の場合には、原告は、本件各特約に基づく保険金の請求権があることになる。)。
第三争点に対する判断
一前記争いのない事実及び証拠(<書証番号略>)によれば、山内は、平成三年七月三一日、本件作業所において、午前八時ころから地下一階コンクリート打設作業を開始し、昼の休憩後、午後一時から右打設作業を再開したところ、午後二時二〇分ころ、突然床にうずくまり同僚らが山内を日影に運び救急酸素を吸入させ、救急車で病院へ搬入したが、同日、午後三時二七分ころ、日射病による急性心不全により死亡したことが認められる。
二ところで、前記分類項目12にいう「自然及び環境要因」については、「過度の高温」のほか、「高圧及び低圧」、「旅行及び身体動揺による障害」、「飢餓、渇、不良環境曝露及び放置中の飢餓・渇」が除外さているが、これらは、いずれも気象条件などの自然的要因のほかに人為的要因をも含むものというべきである。このことは、右の各除外項目のうち、「飢餓、渇、不良環境曝露及び放置」の具体例として、食物又は水の喪失、乳児の放置、飢餓、渇による衰弱など(これらには人為的要因に基づくものも当然含まれていると解される。)が挙げられていることから明らかである。そして、このような項目が「自然及び環境要因」による「不慮の事故」から除外されている理由は、このような場合にまで「自然及び環境要因」に含めることは、疾病、傷害及び死因の分類としては不適切であるからであると考えられる。
そして、証拠(<書証番号略>)によれば、「過度の高温」に該当する場合として、過熱、日射病、熱射病を挙げているが、これは右の除外理由に鑑み、気象条件などの自然的要因のみならず、人為的要因に基づいて発病した場合であっても、「自然及び環境要因」による「不慮の事故」には該当しないとする趣旨であると解される。結局、本件主契約に適用される普通保険約款の別表3の「過度の高温」とは、自然的要因、人為的要因を問わず、何らかの原因で外気又は体温が急激に高温化した場合を指すものと解するのが相当である。
三原告は、「過度の高温」とは、人為的要因の介入しない単なる気象条件によってもたらされた場合に限定的に解釈すべきである旨主張し、その理由として、①右分類項目は、保険契約者の意向が反映されたものでなく、形式的機械的な解釈は、保険契約者にとって予想できない酷な結果になる、②右分類項目の除外事由はおおむね個人的・人為的要素を越えた自然及び環境要因が挙げられており、これらの点から考えて、除外事由は人為的要因の入り込まない自然及び環境要因に限定されるべきであり、かつ、保険制度の趣旨にも合致する、③改正された分類項目、すなわち、「厚生省大臣官房統計情報部編、疾病・傷害及び死因統計分類提要昭和五四年度版」によれば、除外事由が「過度の高温中の気象条件によるもの」とされ、人為的原因による「熱」は保険の対象とされている、④本件主契約の更新の際には、本件各特約も主契約に従って更新されることになっており(災害割増特約二四条一号、傷害特約三〇条一号)、運用として、保険会社は、保険契約者に有利な約款の変更は、変更後の約款を適用することとしているのであり、本件でもこれを前提に事前交渉がなされていた点を挙げている。
しかしながら、保険契約の大量かつ定型的取引という点に着目すれば、むしろ形式的画一的な解釈が望ましいこと、分類項目の内容が右のとおり昭和五四年版に改められ、約款の内容が保険契約者に有利に変更されたとしても、これを本件主契約に直ちに適用することは、保険制度の目的、機能に照らしても、相当とはいえないこと、保険会社が実際の運用として、変更後の約款を適用していることを認めるに足りる証拠はないことからすれば、原告の主張は、到底採用することができない。
四山内の死亡が日射病を原因とするものであることは前記認定事実のとおりであるが、日射病は、頭部や頸部に日光の反射を受けて発病する病気であり、日光の反射による外気又は体温の急激な高温化という状況が存在しないと発病は考えにくいことを考慮すれば、山内の死亡は、それが人為的要因に基づくものをも含むか否かを問わず、前記二の「過度の高温」によるものであることは明らかであり、「自然及び環境要因」による「不慮の事故」には該当しないと認めるのが相当である。
五以上によれば、原告には、本件各特約に基づく保険金請求権がないから、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官中田昭孝 裁判官島岡大雄 裁判官小見山進は、差し支えにつき署名押印できない。裁判長裁判官中田昭孝)